二人でドアを閉めて……丸い一体型ドアノブを得るための古い工程技術

名前を消すのに使ったのは除光液であろうか? 閉ざされたドアのノブは一体どんな金具であったのだろうか?
最近のドアにはノブにも取っ手にも洒落たモノを多く見かけるが,この歌詞のドアは余り豪華でもなさそうである。そう言えば,昔は真鍮製の丸いドアノブがよく使われていた。
大抵の場合,あの手の丸いノブは鋳物ではなく,板金からの成形品であった。では,いかなる工程によってあのような丸い物体が成形されたのであろうか……以下,暫く往時の塑性加工技術の一端について紹介してみたい。

1.drawing:絞り加工とは
件のドアノブの成形行程において出発点に位置したのは絞り加工である。金属板からコップのような深さのある回転体を成形する工程を絞り加工,深く絞る工程を深絞りと呼ぶ。絞り加工は次の3種に大別される。
1. 型絞り die drawing
2.へら絞り metal spinning
3.叩き出しないし打ち出し hand-hammering
《文部省『学術用語集 機械工学編』日本機械学会,1957年,同増補版,1985年,参照。機械用語辞典編集委員会編『機械用語辞典』(コロナ社,1972年)にはこの意味での語義登録が欠落している。これは全くの手抜かりである》

1.の型絞りは焼き鈍された金属円板(ブランク)をプレス型によって塑性変形させる工程であり,プレス加工の一種である。次図はブランク(素材)とシェル(成品:せいひん=ある工程の完成品)との関係を示す。


Machinery’s Cyclopedia with 1929 Supplement. Vol.II, p.409 Fig.2.

ブランクの直径Dとシェル各部の寸法,つまりd,h他との関係は20世紀はじめのアメリカでは次表のように定められていた。


from ditto., p.411.

ワーク(シェル)と絞り型,パンチの相互関係やそれらの使用状況は次図に例示されている。Aがブランク。BとCはFによる,DはGによる,EはHによる成形品である。


ditto., p.412 Fig.3.

図のFにおいてfは絞り型,gは成品を抜くためのノックアウトないしイジェクタ,hはブランク・ホルダ,iは絞りパンチ(ポンチ),jはガイドピン,kはダイ・ボルスタである。lはワッシャ,nはゴム製のクッションである。
iとkは動かない。gを伴ってfが下降すればブランクの外縁部はfとhとに挟まれ拘束される。hはjを介してクッションゴムnを圧縮しつつfの下降に従う。以上の相対運動によりブランクの中央部はfとiによってBやCにおけるような凸形へと塑性変形させられる。この時,型,パンチ,ブランクに潤滑材を適度に塗布することが必要となる。

2.の“へら絞り”とは“へら旋盤”にブランクを取付け,回転させ,その表面に作業者が “へら”を押し付け,絞って行く技能依存的加工々程である。シワの発生を防ぐために内外から“へら”を当てる場合もある。左図はラッパの朝顔状の,右図は灰皿のような成品の成形を示す。この場合にも潤滑は欠かせない。


川崎正之・伊藤 鎭『機械工作法』日本機械学会,1952年,上巻,209頁,第5・41図。

少量生産の場合,プレス加工はコスト高となるため,今日でも“へら絞り”が用いられる。

3.の“叩き出し”ないし“打ち出し”は一品生産的な工程に相応しいトンカチ技術である。

2.drawingによる一体型ドアノブの製造法
次図のAは通常の深絞りの成品である。次に,最初に絞ってから取出されたシェルAを焼き鈍し,B~Dへと次第にヨリ深く絞って行く(再絞り)。


Machinery’s Cyclopedia with 1929 Supplement. Vol.VII, p.254 Fig.10.

次図において上はAを得る工程,下はBを得る再絞りの第1工程を示す。


from Machinery’s Cyclopedia with 1929 Supplement. Vol.II,p.407 Fig.1.

はじめの図のE~Hにはテーパ付きの孔を穿たれたパンチを用い,段階的に頭を丸めて行く手順が示されている。この丸め工程には孔が塞がるまで丸めて行く場合と,途中で止めて円板状の“ボタン”を嵌め込み,ハンダ付けして孔を塞いでしまう場合とがあった。

3.drawingとbulgingによる一体型ドアノブの製造法
次図には絞り加工とバルジ加工とを併用する一歩進んだ工程が示されている。Aは深絞りによるコップ。B~Fはテーパ孔付きパンチによる成形,G,Hはバルジ加工による工作の結果である。


Machinery’s Cyclopedia with 1929 Supplement. Vol.VII, p.254 Fig.9.

バルジ加工とは空胴部を持つ割り型の中にワーク,ここではFを収容して型を締め,Fの内部に高圧の液体を注入してワークを空洞一杯に膨満させる工法である。次図A-Bが割り型の合せ面である。これにワークFを収容して型ケース内にセットし,クサビCで合せ面を強固に密着させる。


ditto., p.254 Fig.11(誤解を生まぬよう若干,改変).

次に,ワーク内部に水または油を充填し,パンチDをセットしたプレスを作動させる。DがワークFの首に突入すれば行き場を失った液体はFをGの形状にまで膨らませる。EはFとパンチDとの隙間から噴出する液体の飛散を抑える円錐状のガードである。通常,Hまで変形させるにはワークを型から取出して焼き鈍した後に再度,バルジ加工を施す。
《1段のバルジ加工でHまで変形させるにはヨリ粘りのある高価な材料が奢られねばならない。1段と2段,何れの方式が安上りになるかは生産技術者としての思案のしどころである》

4.bulgingの用途
バルジ加工の主な用途は曲管や複雑な断面形状を持つ金具の成形にある。A~Cは“J”字管成形の例である。“J”字型の空洞を持つ型の縦棒部に試験管状のワークAを挿入し,油ないし水圧で延伸・屈曲させ,曲り部を成形する。これは管の内部に砂を充填してから文字通り曲げて行く古典的工法より遥かに能率的であるが,量産がその採用の前提となる。D~HにはE,F,Gに対応する3つの型で順次,焼き鈍しては成形を重ねる例が示されている。


ditto., p.251 Fig.2.

次は自動車の砲弾型ランプ・シェルを成形に係わる例である。砲弾型のランプ・シェルはクラシック・カーなどにしばしば見られるアイテムである。


from ditto., p.251 Fig.3.

次図はワークDがEを成形するための型にセットされているところである。


ditto., p.253 Fig.8.

現今の半導体製造などとは対照的に,古典的な機械工作の世界においては同じような格好をした完成品に至るのにも様々なルートが用意されており,量産規模や投資能力,個別生産点における技術や技能のストック状況を勘案しながら工作技術の選択と条件付き最適化とが図られていた。時代を遡るほどにこの傾向は強く表れていた。想うに,そこに存在したのは当今のそれより余程,温かみと遣り甲斐に溢れる製造現場であったのではなかろうか?