チム・チム・チェリーによせて ―― 煙突雑考

以下に述べることは音楽にも工学にも素人,曲学阿世の妄言である。

煙突は古くて新しい,そして理想的な設計がなされる(蒸気機関車のそれのように短小なることを余儀無くされたりせぬ)場合には誠に強力な通風装置である。その通風力(根元に作用する吸引圧力)については古くからJ.,W., Reberによる式なるものがあった(そうな)。曰く:

h =H(ρaρw)-(1+0.09 H/D)v2ρw/2g ……旧式の表記で失礼

ただし:

h =煙突下部の通風力(mm水柱)

H =煙突の高さm

D =煙突頂部の内径m

ρa =外気温における空気密度kg/m3

ρw =煙突内におけるガスの平均密度kg/m3

v =密度ρwにおけるガスの速度m/s

g =重力加速度9.815m/sec2

この式は煙突内のガス温度が平均して1mごとに1~2℃ずつ下って行くような状況を想定しており,また,設計上,vは4.5~5.0mとなるように調節されることを常とした。あまりに速度を上げるとガスの流動抵抗が増し,却って不都合と考えられたからである[1]

さて,解らぬなりにReberの式を眺めてみれば,第1項は煙突の中にあるガスの柱に作用する浮力を表し,第2項はこの柱を上昇させる際に使われる運動エネルギに関係するようである。もっとも,ガスは密度が小さいから後者の値は高が知れている。

それかあらぬか,煙突の通風力zを立派に:

zh (γaγg )  mmAq

と表記する文献がある。それも権威ある日本機械学会の出版物である。記号こそ異なれ,その本質的同一性については容易に御了解頂けよう[2]

つまり,煙突の通風力はそこに収められた空気より軽いガスのある高さを持った柱に作用する浮力,即ち,ほぼその高さに因っているというワケである。また,煙突の外観は多くの場合,上に向って細くなっているが,これは強度への配慮からであり,その通風力の本源は決してホースから散水する場合のように出口を先細りに絞ることから生ずる加勢(圧力エネルギの速度エネルギへの変換)などにはないのである。

では,ロンドンが煙の都であった当時,ごく普通に用いられていた煉瓦造りの煙突,それも家庭の暖炉のそれなどではなく工場のそれは一体,どのような構造をしていたのであろうか?

残念ながら,次図は産業革命期のイギリスではないが,20世紀初期にアメリカで汎用されていた全高約30m,38mの工場用煉瓦積み煙突の断面図である(縮尺不同)。御覧のように,最下段にコンクリート,その上にぶ厚い花崗岩のブロックが据えられ,煙突本体はその上に構築されていた。そして,煉瓦積み煙突は耐熱性を考慮して2重構造に造られていた。しかも,その内部は先細りどころかずん胴になっていた。

Machinery’s Cyclopedia with 1929 Supplement. Vol.II, p.102 Fig.2, 3(本文は1917ないし’25年).

従って,ガスを通すその正味の内径は図体の割りには細かったワケである。内部のコアないしライナ(内張り)の背丈は煙突入口のガス温度が427℃以下の場合には煙突全高の20%以下,それを超えて649℃までならその50%程度,更に1093℃までなら100%とするのが常例で,その材料としては多孔質のラジアル煉瓦が用いられた。更に高温のガスに曝される煙突のコアには高級耐火煉瓦が動員された。コアは外壁によって支持されていたが,両者は構造的に一体化されてはおらず,コアが煙突全高に達する場合,コアと外壁の頂部は互いに結合されてはいなかった。もちろん,以上は全てコアの熱膨張を逃がすための策である。

意外に細い内径を有する,特にコアが途中で切れている煙突には石炭から出る煤やタールが堆積し,通風不良を来しやすかった。そこで活躍したのが煙突掃除夫である。図の煙突のコア内径は1.2mほどであったが,これよりずっと細い煙突もあった。いかに細くとも煙突の通風力はその全高によって決まる上,排煙拡散の必要から最低高さが規制されている地域が多かったから,細いから特に背が低いというワケではなかった。

このような煙突を掃除するには外からブラシを出し入れするぐらいで足りるワケもなく,単身コアの中に潜り込んで煤やシンダやタールをこそぎ落す作業が不可欠であった。細いコアに潜り込む掃除夫として最適であったのが児童である。紡績工場の補助労働ばかりでなく,工場煙突の掃除も貧困児童の働き場であった。産業革命は多数の児童の労役と使い捨てによって進行した。皮膚癌や陰嚢癌が煙突掃除「夫」の職業病であったと講義で聞かされたものである。

チム・チム・チェリーのメロディーをどのように演奏するかは奏者の裁量であろう。しかし,歴史を知ってしまえば,それは哀愁のメロディーであってこそ相応しい。仮令,明るく歌うにせよ,哀しみを突き抜けて明るく歌うのと根っからノーテンキなのとでは大違いではなかろうか?

[1] 燃料協会『実用燃料便覧』訂正版,丸善,1932年,431~432頁,参照。

[2] 『機械工学便覧』1951年版,13-72頁。なお,後にその表記法は単位がSI単位に改められたことにより,Z = h (ρaρg )g   Pa などとなっているが,意味は同じである。