エンジンの四拍子……最初期の光学式インジケータ“Manographe”に寄せて

四拍子は言うまでも無く誰もが知っている拍子である。この四拍子でタクトを振る時のやり方(先端の軌跡)は,実際にはかなり変種もあるようであるが,一例を挙げれば次のような絵柄となる。

『ニューグローヴ世界音楽大事典』第7巻,指揮の項,11.図,より。

四拍子と聞くと,私などは内燃機関の4サイクルを連想してしまう。そして,自動車用4サイクル・ガソリンエンジンの作動室容積(ピストン位置)と作動室圧力との相関は例えば次のようなインジケータ線図として表現され,これが当該エンジンの四拍子となる。どうも人間にとっては肝心なところで力が入らず,あまり振り易くないようではあるが……。

P.,M., Heldt, High-Speed Combustion Engines. N.Y,. 1941, p.665 Fig.19. 元図は1912年,ClaytonによってJournal of the American Society of Mechanical Engineers誌に発表。

横軸は比率で表された作動室容積,縦軸は圧力である。縦軸の単位はLbs./in2になっており,15のところが大気圧に当る。それゆえ,ここをゲージ圧で “0”と表記しても良い。

もっとも,この図はそれ以外の理由からしても同類の中ではちょっと異色の存在である。つまり縦・横の軸を対数目盛にした図となっているのである。

1の吸入行程と4の排気行程とは圧力の値が低いため,何のケレンもなく普通に描けば,1と4とは押しつぶされたような,ほとんど重なったような線図となり,やや見にくくなる。対数目盛の使用はこれを避けるための工夫である。創案者もまさか彼の線図が四拍子のタクトを巡る雑話に引かれるなどとは思いもよらぬところであったろうが……[1]

インジケータ線図を採取する装置,それがインジケータである。それは自らの蒸気機関に対する診断装置としてJ., Watt(英:1736~1819)によって発明された機械に淵源を発する。その後,これを発展させ,高速で回転するエンジンに適用可能な装置とするため様々な試みがなされ,原点をなす機械式に加え光学式,電気式など,多くの高速インジケータが登場した。

それぞれのグループには多くの種類があり,光学式の中には長尾式,中西式のようなわが国の内燃機関工学研究者の創案になるモノもあった。電気式は一層多士済々であったが,一般論として機械式,光学式,電気式というのが重なりを生じつつも発展の順序であったと観て良い。現在はセラミックの圧電効果を利用する方式が全てを凌駕しているようである。

ところが,光学式インジケータの濫觴は思いの外古く,20世紀初頭,フランスにおいては既にその製品化を見ていたらしい。当時の書物に観る光学式インジケータの原理は図のようなモノであるが,音叉を説明の道具に持ち出しているところなど奥床しい限りである。音叉の振動に因ってその先端付近に取付けられた小さな鏡の角度がaだけ変化すれば,同一の入射光に対する反射光の角度変化は2aとなる。これがオプティカル・レバーである。等しい振動数を持つ音叉を組合わせれば,それらの振動は同調して4aに相当する角度変化が生れ,その結果はスクリーンEに投影される。

L., Marchis, Les Moteurs A Essence Pour Automobiles. Paris, 1904, p.57, Fig.10.

エンジン作動室の内圧をダイヤフラムを用いて検出し,その変位により鏡を傾斜させればオプティカル・レバーの働きで鏡の傾斜はスクリーン上に拡大投影される。この原理を用いた初期の光学式インジケータ,それがManographeと呼ばれた装置である。その基本構成を次に掲げる。Dは光源であるカーバイト(アセチレン)ランプ,eはピンホール,Eは直角プリズム,Fは凹面鏡,GHがスクリーンである。つまり,Manographeはオプティカル・レバーを1段用いる光学式インジケータであった。

ditto., p.65 Fig.16.

“Manographe要部は次図のようになっていた。凹面鏡Fの角度は管Tを通じてシリンダ内圧を受けるダイヤフラムMの動きを反映するとともに,ダイヤルJからのリンケージによって微調整された。

ditto., p.63 Fig.14.

Manographeの使用状況は次図の通りであった。シリンダ圧力は管Tを通じてこの装置へと伝えられる。クランク角を拾うため,クランク軸々端からボーデン・ワイヤのようなフレキシブル・シャフトSによりその回転が取出されている。右下は光源Dにガスを送るためのアセチレンガス発生装置である。

ditto., p.66 Fig.17.

“Manographeがどの程度普及したのかについては残念ながら詳らかではない。当時最新式,文献デビューしたての存在であったためか,出典の書籍にはこれを用いて採取された線図,つまり指揮者Manographeによる四拍子の図は掲げられていない。恐らく,それ程の普及実績は挙げられなかったのであろう。それでも,Manographeは光学式インジケータの嚆矢として,あるいは少なくとも最初期の例として技術史上,記憶に止められるべき存在であったのではなかろうか?

[1] 一般には線図のツブレを避けるため,吸入・排気行程は弱バネ線図とし,縦に拡大表示する。しかし,こうすると線図が錯綜して四拍子を表現しにくくなるのである。