ヴィンテージ ・スタインウェイのおはなし:①   by 坂上麻紀

古いピアノはとてもよく鳴る! スタインウェイについては特にそう言われています。

もっとも,今のスタインウェイ,特にフルコンであるDの基本設計が固まったのは1884年なので,それより前のDや他のモデルはアーリー・スタインウェイと呼ばれています。

普通にはそれ以後,それも戦前期の作品が最もヴィンテージの称号にふさわしいスタインウェイとみなされているようです。

1902年,ニューヨーク.製のD,No.104611を例にあれこれお話いたします[1]

鳴りのよいピアノとはどんなピアノなのでしょうか?たとえば,大屋根を全開にしたこのピアノの横で大声を出すと,このピアノはウォーンと共鳴音を発し,びっくりさせられます。クシャミをすると同じように,ファックション!と反応します。

このピアノの下に寝て“アッ”と声を出すとこのピアノは長~い残響を発し,深い井戸の中に向かって叫んだ時のような気分にさせられます。

鳴りのよいピアノとは,共鳴しやすい,振動しやすいピアノということになります。

このピアノのリムを内側から指の第一関節をそろえて軽くノックすると驚くほどよくコンコンと響きます。このピアノはそれだけ振動しやすい体をもっているのです。

振動しやすさのポイントは2つあります。ピアノの体であるリムとその中に収められた鉄骨です。

弦が振動するのは当り前ですが,弦の振動はコマを経て響板に伝えられて音になります。

そして,響板をよく振動させるのはそれを支えるリムと鉄骨の役割なのです。今回はリムについてだけ説明いたします。

リムは巨木(年代によってその樹種は異なります)を5mmぐらいの厚さに挽いた長くて薄い板をニカワを塗って何枚も貼り重ねてからピアノの外形に合せて一緒に束ねたまま曲げたものです。

使用される木は南向きの水はけの良い緩斜面で成長した第一世代林(処女林)の木が最適とされてきました。その中から均質な,長く節のない材が選ばれました。

急斜面に生えた木は倒れないようにその幹を反ろうとしますので,まっすぐな部分でもその内部には余分な力が働いていて,それが素直な振動を妨げようとします。

水はけの悪い土地で育った木は水分を多く含み,乾燥させてもなかなか芯まで乾きません。節があるとその辺りは硬くなり材質が不均一になりますから素直な振動は妨げられます。

しかし,いくら自然が豊かなアメリカでも,現在に近づくほど良材は乏しくなってきました。自然乾燥に費やされた時間も長く,その間に材質の改善が求められました。

こんな理由で,良材をふんだんに用いられた時代に造られたピアノほどリムの鳴りがよいということになります。

では,外から見える特徴を少し……。

ヴィンテージ・スタインウェイの中でも古い時代のものの特徴はダブル・ビーデッド・モールです。昔はこんな手間ひまかけた工作が当然のことでした。

ニューヨーク. スタインウェイでも20世紀初頭のものはアームの端が丸くなっています。その後,ここは角ばったデザインになりました。

製造番号とリビルダー名のスタンプです。

1920年代半ばまでのヴィンテージ スタインウェイ,それも多分Dと少し小さいCだけの特徴としてブリッジ・ピンの斜め打ちがあげられます。高音部ユニゾン3弦のピンは一般的な弦に直角ではなく,やや斜めに配列されています。

これは打弦の際のアタックノイズを抑えるための工夫のようですが,やがて普通の打ち方になりました。左下は1997年にこのピアノをリビルド(響板貼り替え)した工房のスタンプです。響板は90年もたつと粘りが失われて音に力感がなくなるからです。

厚さも塗装も薄いので,響板はピアノの大物部品の中では劣化しやすいのです。

[1] ヨリ詳しいことは私たちの http://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/contents/osakacu/kiyo/111C0000001-59.pdf をご覧下さい。